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3忍びの累

その3 美緒

累は忍びの働きを終え、飯屋で一服していた。

(今晩の宿はどこにしようか)

野宿をするには寒い。しかも、今日は夕焼けがやけに美しい。こんな日は、ことさら冷える。できれば屋根のあるところで眠りたい。

累が思案していると、人相の悪い男が一人、入ってきた。
と、同時に、母親の手伝いをしていた男の子が、びくりとして柱の陰に隠れた。
その男は、飯を頼む風もなく、店の奥までずかずかと入っていった。

「美緒、金を用立ててくれないか?」

女主人に向かって、粘着質な声を発した。

「ありません。あなたに渡すお金などありません。帰ってくれませんか」

「なにぃ、亭主に渡す金がないだと。儲けた金があるだろ」

と、その男は、先の客が置いて行った茶代をつかみとった。

「返してください。それに、あなたなど、亭主でもなんでもありません」

二人がもみ合う内に、土瓶の湯がひっくり返り、じゅわっと湯気をたてた。

はねた湯が累の顔にぷちっとはねた。

「大の男が、女相手に、吠えるなよ」

累は顔をぬぐった。

「ふっ、俺に喧嘩売ろうってのか」
「ちょっと、お客さんに手だすのはやめてください」

男は、止める美緒を突き飛ばし、累に殴り殴りかかってきた。累はその拳をつかかみ、腕を捻った。

「痛っ、いたたた。離してくれ」

しかし、累は余計に力を入れた。

「美緒、なんとか言えよ!」

「帰って下さい」

「分かった。帰る、帰るから、いたたた」

累は腕を離してやった。男は捨て台詞を吐きながら去った。

「すみません、お見苦しいところをお見せしてしまいました。痛っ」

美緒は突き飛ばされた時に腕に擦り傷を負っていた。

「手当てをしよう」

累は、懐から白布をだして、美緒の腕に巻きつけた。

「すみません……」
「おじちゃん、泊まっていって」
「こら太郎、そんなことを言っては、ご迷惑ですよ」
「だって、また、あの人来るかも。怖いよ」

太郎は、あの男をおびえているようだった。累は厚かましいとは思いつつ、ありがたく申し出をうけることにした。


隣の部屋で、美緒は太郎を寝かせつけているようだ。昔話をしている。
それが、聞くともなく累の耳に入ってきた。
どうやら「ももたろう」の話のようだ。
「どんぶらこ~どんぶらこ~」お馴染みの語り。

「どんぶらこ、どんぶらこ」と、繰り返す美緒と太郎の声に累は気持ちが和んだ。屋根や布団の温かみ以上のぬくもりを感じた。

「……ももたろうはおにをたいじして、おにのたからをもってかえりましたとさ。めでたし、めでたし」

美緒の語りが終わると同時に、太郎の寝息も聞こえてきた。
累も同じように眠りについた。


「がるるるるるるうううう・・・ぐるるるる・・しゅうううううう」累は夢を見ていた。

(また、あの夢だ)

累は夢の中で、もがいていた。

月の光のような冷たい獣のようなの目。
真っ赤に裂けた口。
毛だらけの腕。
そして、異臭。

何者かはわからないが、まがまがしいものということだけが伝わってくる。
累は刀で応戦する。
しかし、毎回刀は空を斬るだけ。

そして裂けた口がもっと大きく開かれ、累の肩を食い破った。

がばっと、起きた。

(また同じ夢)

ぐしょりとした汗が着物にまとわりついていた。

「だいぶ、うなされたご様子でしたよ。さぁ、何もないけれど、朝餉を召し上がってくださいな」
「おじちゃん、はい」

眩しい朝の光。美緒のすがすがしい声と太郎の屈託のない声に、累の悪夢は薄れていった。

「では、ありがたく、馳走になります」

「さようなら」
手をふる太郎に背を向け、累は飯屋を後にした。


4忍びの累

その4 綾

氷雨が降りそうな夜。累は武家の屋敷の屋根裏に忍び込み、密談を盗み聞いていた。

「曲者だ」
と、叫び声があがった。屋敷内が騒がしくなった。

(自分にぬかりはないはずだ。気づかれた気配はなかったはず……)

累は、動かず、じっと聞き耳をたてた。

「そっちだ。曲者はそっちへ逃げたぞ!」

(やはり、自分ではなかった)
累はそのままじっとしていた。

「くそっ」
「追え!そう遠くには行っていないはずだ」

家来たちの怒声が聞こえる。

「何事だ。騒々しい」
屋敷の主の声もする。

「はい。賊が一人忍びこんでいた様子。手傷を負わせましたが、生憎く取り逃がしました。今から追っ手を差し向けます」

「どうせ、雑魚だ。追わずともよい」
「はっ」

家来は主人の指示に従い退いた。密談相手の客人も帰路につき、屋敷は静かになったのを見計らってから累は屋敷を退散し、その姿は闇に溶けた。

累がねぐらにしている社の堂。

そのぼろぼろに破れた戸を開けようとしたが、一瞬手を止め、息を止めた。

(先客がいるな)

間合いを計り戸を開けた。

と、同時に中から人が刀を振りかざしてきたが、それを予測していた累は難なくそれを交わした。その者は、勢いあまって、地面に転げた。
累はその者を背後から組み伏せ、両手を締め上げる。

(女……くの一か……)

女の手から刀が落ちた。白布を巻いた右腕から血がにじみ出ている。

(なるほど、さっきの屋敷の曲者ってとこか)

「殺すのなら早く殺せ……」
女は強がった。

「殺生は嫌いだ」
累は一言告げた。

女は手をふりほどこうともがいた。

「じたばたするな。よけい痛い。傷口も開く」

「ふっ、なぶり殺しにするのがあんたの趣味か」
と、累に向かってつばを吐いた。

「殺生は嫌いだと言っただろ。殺しなどせん」

とうとう、氷雨が降り出した。

「濡れると着物を乾かすのが面倒だ」

累は、背後から両腕を羽交い絞めにしたままで、女忍びを立ち上がらせ、堂の中に引き入れた。

「この傷は、先刻屋敷でうけた刀傷だな」

「!」
女は驚いたように累を見つめ、ようやく体の力を抜いた。

累は女から手を離した。
女は、小走りで奥に逃げた。体を低くし、短刀を構えた。

「これを傷口に塗っておけ」
累は、塗り薬らしき物と新しい布を奥に放った。
累は外に出て女の刀を拾い、それも放り投げた。

「お前何者だ?……味方か?」

累は何も答えなかった。女はとまどいながらも、刀を引き寄せ、薬を塗り、布を巻き変えた。

雨音が激しさを増している。

無言に耐え兼ねたように、女が口を開いた。

「さっきはすまなかった。つばなど吐いたりして本当に悪かった」
女は頭を下げた。

「あんたも忍びだろ?私を助けたってことは見方だよな?これは、ひょっとして噂に聞く伊賀の秘薬か?」

累は女の問いに答えることはなかった

女はまたしても口を閉ざすしかなかった。

無言の時が流れた。
雨音が少し弱くなった。

「世話になった。私は綾。」
礼をいい出て行こうとする綾を累は止めた。

「今、外に出るのはまずい」
「追っ手か?」

緊迫した面持ちで、綾は刀を握りしめ、堂の扉を見つめた。

「さあな」

累は、外の様子を推し量るかのように静かに目を閉じた。
またしても雨音が強くなってきた。

「……5人か」

激しい雨の音しか綾は聞こえなかった。

「なぜそれがわかる?」

綾は、疑問を口にしながら、刀を構えて、戸に近づいた。

「やめとけ」
「なぜだ。5人ぐらいなら斬れる。あんたが殺生が嫌いでも私は斬る!斬らなきゃ殺られる!」

「吠えるなよ。それにお前の利き腕はまだ力が入らないはずだ」


堂の戸が開いた。

しかし、五人の追っ手が見た時、そこはもぬけの空だった。

「くっ?どこへ行った?」
「ここではなかったか?」
「この雨だ。どちらにしてもそう遠くへは行っていないはずだ。探せ」

この声を堂の下で、累と綾は聞いていた。


声と足音が遠ざかっていった。
「これ、あんたが細工しておいたのか?」
「ああ」
「殺生は嫌いってことか?」
「ああ」

また無言の時が過ぎた。ふとるのが綾を見ると、刀を握り締めたまま座って眠っていた。その視線に気がついたように綾が目を覚まし、累と目があった。綾はあわてて横を向いた。

「手傷を負った女を襲うような趣味はない」

綾は聞こえないふりをした。

夜明けが来た。雨は止んではいたが、霧深い朝だった。

「借りができたな」
「別に返さなくていい」
「では」
「では」

二人の姿は川霧に消えていった。

5忍びの累 ~おりん~

その5 おりん

今宵も春というのに冷え込んでいた。
累の暖は、焚き火と酒。小さな篝火のはぜる音がしていた。
そこに、何者かの息遣いと駆けてくる足音も聞こえた。それは累の後方で止まった。累の様子を伺っているようだった。

「そんな所で立っているなよ。気味が悪い」
累は振り向きもせず言った。

「人を斬ってきたのか?」

身構えた人影に対して、累はそのままの姿勢を崩さなかった。

「刀に手をかける暇があったら、その辺の枝でも、くべてくれ」
そう言いながら、自身も小枝を炎に入れる。

その者は鞘から手を離し、累に近づいてきた。
女であった。
この寒い中、薄い衣を身にまとっているだけの格好に累は少々戸惑った。

「動きやすそうだが……見るからに寒そうだな」

累は首をすくめた。

「火に当たれよ。酒もある……」

累に言われるままに、女は火のそばで身をかがめた。受けた酒をあおったが、むせただけで、すぐに累に返した。

累は、小枝を投げ入れて、女の顔を見つめた。炎が風に揺れ、女の顔を照らす。
女の頭の上でまとめた髪も揺れていた。

半時ほどたっただろうか。

「来る……」
不意に累は、炎を見つめながらつぶやいた。

「消すぞ」

闇が二人を包んだ。

女は身を固くし、囁いた。

「私は追われている。あんたを巻き込むわけにはいかない。逃げろ!」

草むらから数名の忍びが現われた。

「おりんだな」
「連れの者がいるとは聞いていないが、どうする?」
「面倒だ。その男も斬れ!」

追っ手は、二人に斬りかかってきた。闇の中、聞こえるのは、刃を交す音だけだ。

おりんが、数名の男たちを斬り終わるのに、たいした時間はかからなかった。息をはずませることすらなく、おりんは最後の一人にとどめをさした。

「手鎖、御免」

腕に巻いていた鎖が棒状に伸びた。
面妖な武器が追っ手の喉元に突き刺さった。

「闇の鎖、また一つ切りました……」



「おみごとだな。夜目があれほどきくとは。たいした腕だ。みたところ、抜け忍ってとこか?」

「お前、何者だ?何故にそんなに落ち着いてるんだ?お前もかなりの腕前とみた。逃げもしなかったが、戦うこともしなかった。何故に刀を抜かなかったのだ」

おりんは、静かだが、強い口調と、厳しい眼差しを累に向けた。

「逃げる暇がなかったし、刀も抜く暇もなかっただけだ。敵の刃を交わすだけで精一杯だった」

「嘘をつくな」
おりんは呻いた。

おりんは、その男が逃げもせず、自分を庇うかのように動いていたのに気づいていた。そして、おりんが斬りやすいように、相手を押したりひいたりしていたのだ。

「何故、私を助けるように動いた?」

「ふ、ばれてたか?ただ、酒を邪魔されたのが気に入らなかっただけだ」

累の態度に、おりんはとまどった。

「お前は一体、何者なんだ。だいたい、あの時、私には追っ手の足音など聞こえなかった」

「もう、人を殺すのはたくさんだ」
「ああ、私も人を殺すのは嫌いだ」
「好き嫌いですむ問題じゃない!」

おりんは、絶叫して、崩れ落ちた。

「私が行く所で人が死んでいく……」

「忍びには死はつきもんだ。宿命だ」

累は諭すように呟いた。

「やはり、お前も忍び……」

「ああ……」

「宿命?忍び同士ならまだしも、私が関わる人は皆死んでいく……私に優しくしてくれた人までもが死んでいく……」

「そもそも、忍びに幸せだの普通の暮らしなどない」

累は冷めた声で話した。

「しかも、抜け忍ときてる。お前の行く先に待ってるものは死しかないだろ。でも、それわかってて逃げ回って殺しあってるんだろ?」

非情で無情な累の言葉に、おりんは激昂した。

「逃げてるのではない!ただ、私は娘に会いたいだけ……だけど、そのことで人が死ぬのが……」

おりんの言葉を累は遮った。

「人が死ぬのが辛いのか。でも娘に会いたいんだろ。人が死ぬのと娘に会いたいんのを天秤にかけてお前は、娘に会うのを選んだ。なら、それを貫くしかないだろ。娘に会うまで、誰が死のうが生きようが、自分は死なずに生き延びるしかない」

無情で非情な累の言葉に、おりんは打ちのめされた。

「ああ、飲み過ぎた。このおしゃべりは酒のせいってことにしてくれ」

累はそう言っておりんを残し去っていった。

去って行く男を見つめながら、おりんの気持ちは不思議と落ち着いていた。
娘に会うまでは、この修羅の道を突き進むと改めて思うのだった。

6忍びの累

お江

「釜風呂もなかなかよきものであったが、ここもまた格別。月や星を眺めながら湯につかるのは、風情があってよいものだなぁ。なぁ、累」
「はい」
「それにくわえて、桜見物までできるとは、歌の一節、二節口をついてでそうだな!」

累も、頭上を見上げた。
見事満開な桜、空には満月。そよりと吹く風が花びらを散らし、野天の湯面にも浮かんでいる。忍びの仕事を一仕事終え、頼み人の男とともに、野天の湯に来た累は久々の休息を味わっていた。
累は、楽しげに話す男の聞き役になっていた。

この男、真田幸村を暗殺しようと目論んでいたが、幸村に惚れてしまい、暗殺どころか、幸村につくことを決めたようであった。猿飛佐助の悪口も時おり口にしていたが、すでに良き相棒になっている様子が感じられた。

「ほんに、お主は口数が少ないのぉ。佐助に殺され、死んだことになってるお主だが、ここでは死人のように口を閉ざすことはないぞ」

累は佐助に討たれて死んだ。

死んだことにすれば、動きやすい、男も累もそう思ったのだ。
伊賀の里にも死んだ便りが届いてるはずであった。

(帰りを待ってる……)

累の脳裏に楓の顔が浮かんだ。
しかし、累にはもう帰る里はない。
が、それが累の気持ちを軽くもしていた。

「あ、そうだった。忘れておった。酒!酒!おい、酒だ!爺、累を喋らすには酒だ」

「なにい?爺ですと?爺よばわりされるいわれはござりませんぞ。はい、はい、若、わかっております。もう酒は用意できておりまするぞ。しかし、何が風情なものですか、そんなに大声を張り上げて……」
男を若と呼ぶ年寄りの男が、世話をこまごまと焼いている。爺と言われて反発しつつも嬉しそうである。

「爺、さすがだな!累、お主も遠慮なく飲むが良い!」

湯面に浮かべた桶に酒。この上のない極楽だと累は思った。男も鼻歌を歌い、上機嫌である

「なあ、風情だなぁ。あとは、酌をしてくれるのが野郎ではなく、妙齢な美女であればのぉ」

「ええ、そうでございますな。このようなおいぼれで、あいすみませぬ。しかし、若の音痴な歌を聴いて、桜の木が震えているのではありませぬか?」

「なにぃわしの美声にケチをつけるのか!」

「ふふふふふ」
いつの間にはいってきたのか、知らぬ間に女が湯に浸かり、累たちを眺めて微笑んでいた。

「お、お、おんなが、いたぁ!」
「また、大声を出して、はしたない!」

爺がたしなめるが男は、女に興味津々のようである。

「この辺りの百姓女かの?なあ、どう思う?と、ここで、ごちゃごちゃ言っていてもしようがない。ここはひとつお近づきになるとしよう。累、抜け駆けだが許せよ」

そういって、男はそろりと女に近づく。
「ここの湯は良いのぉ……。この辺りの者か?」
「はい」
女はにこりと微笑んだ。女の褐色の肌が、月明かりに輝いている。
「一日の終わりにこうして湯につかるのは良いものであるな。ここは風情があるし。歌の一つでも詠んでと……え、月明かり……月明かり……いや、桜咲き……桜咲き……」

男は、なかなか歌をつくれずにしどろもどろの様子である。
「ああ、若、歌など作れないのに、無様なことじゃ。きっとまた振られる」

と、言いながらも、爺の顔は楽しげだ。
累も男を暖かく見つめていた。この男、同じ生業の忍びであるのに、なぜか影がない。明るさがいつも漂っている。安穏、安らぎ、そんな言葉が浮かんだ。

どおぅ
月に雲がかかり、生ぬるい風が吹いた。
累は、軽く目を閉じる。たった今、浮かんだ言葉が一瞬で消えたことを悟る。

さばっ
累は湯から立ち上がる。ひきしまった体の表面を、湯が玉のようにはじけ光りながら、流れ落ちる。

累は、桜の枝をばきりと折った。
「おいおい累、何をする?」
しかし、男も異変を察知した。
「む?」
だらしない目尻りが一瞬のうちにきりりと吊り上がる。

ひゅん
月明かりに光るものを見た。
累は咄嗟に桜の枝でそれを払った。

がしっ。
枝はそれをはじき飛ばし、先の木の幹にぐさりと突き刺さった。

(む?形状からして甲賀の手裏剣だな)

手折られて、舞い散る花びらをうけつつ、累の目は、険しくなった。

ざざっ……
四人の覆面装束の男たちが、蘭たちの前に現われた。
「風流のわからぬ無粋な奴らだな」
累が心の中で思ったことを、男が代わりに声にした。
「一緒に湯に浸かって酒を飲みにきたわけでもなさそうだな。累、女を頼む!」

女は、細いがしなやかで引き締まった腕を、累にあずけしがみついた。
累の手が女の胸に触れた。
「!」
累の手元を見て男は叫んだ。
「あ、どさくさに紛れて触るとは!ずるいぞ」
累に気をとられたと見て、賊は男に斬りかかった。

が、男は桶で、湯を掬い、賊にかけた。わざと隙を作ったのだ。
「ぎゃっ」
その湯は泉源の熱湯であった。目潰しをくらい、賊達はひるんだ。その賊の刀を男は奪った。

「この湯を血で汚すにはしのびない!」
かちり、刃の向きを切り替え、賊の肩をがつんと一撃、賊は倒れた。
「で、そちらさまは」
仁王立ちの男はもう一人の賊に向き直った。
かつん。
あわせた相手の刀は一撃ではじきとんだ。
男は賊の首根っこをつかみ、湯に沈めた。
ほどなく賊はおとなしくなる。


累は、女を自分の背でかばいながら、二人の賊を相手にしていた。
手にしている物は桜の枝だけだ。累は枝をもう、一折りし、賊に投げつける。

「うわっ」
見事に賊の目に命中する。
それを見届けないうちに、累は湯の中を走りはじめていた。
賊の刀をかわし、賊の背後に回り、残った枝で、後ろから羽交い絞めにする。

「甲賀者が何故襲う?と、聞いても答えんだろうな……」

累はぎりりと締め上げるが、賊はうめくだけで、答えは得られない……。

累は賊を痛めつけつつ、ふと、自分の視界の隅に映った女の姿を見た。
その女と目があった。
「!」
累は、賊を突き放し、相手の鳩尾を枝の先で突いた。
「ぐぅうう」
「く、ひ、退け!」
賊三人は去っていった。
「興ざめな奴らだ!」
男は、刀をがざりと捨てた。

「もう、せっかくの湯がだいなしでござる」
先ほどまで、身をちぢませていた爺は、湯舟でのびていた残りの一人に、こつん、と拳骨をくらわした。

累は女を見つめた。

「なぜ甲賀者が襲うのだ?そなたを?」

「なにぃ!あいつらは、我らではなくこの女を狙っただと?どういうことだ?」

「ふふふふふふ」

詰め寄る男にも、女は含み笑いで答えるだけだ。いつの間に着替えたものか、すでに着物を纏っている。

「お二人とも、その太刀さばき、さすがでござりまいた。図らずもこの目でしかと見ることができまいた。そして、賊の狙いが私だとよくお気づきなされまいたな」
女ははぐらかすように、また、にこりと微笑んだ。

「伊賀の霧隠才蔵さま、孫八さま、そして……死人の……累……」

累たちを見つめる目が怪しく光った。

「なにぃ、なぜ、拙者たちの名前を知っているのだ?」

「ふふふふふ、またじきに、お会いすることとなりましょう。ふふふふふ」
含み笑いを残し、女の姿は消えた。

「忍びなのか?あの女?ただの百姓女と思うたが」
「才蔵殿、あの女、体が震えていなかった。心の臓も動悸が早いわけでもなく、落ち着いていた」
「なにぃ」

累は、思うままを才蔵に告げた。

「ふつうの女であれば、悲鳴を上げて逃げ惑うはず。忍びだとしても、戦うはずのところをあの女は、賊や私たちの動きを冷静に見つめていた。その肝の据わり方といい、私たちの名を知っていたことといい……おそらく真田の草の者、女忍びの中で一番の遣い手……おそらく、噂に聞く、お江かと」

累は、女~お江~がしがみついてきた時、気づいたのだ。
たくましく、しなやかな四肢は、畑仕事で鍛えられたものではなく、忍びとして、野山を駆けめぐり、数々の戦いの中で培われ研ぎ澄まされていたものであろうと。
あの瞳、一つも怯えがなく冷静なあの瞳もまた、いくつもの、人の死にざまを見てきた目だということを。

「なにぃ累、お主それを早く言わぬのだ!わしは、後を追うぞ!幸村直属の配下、草の者お江だと!なにぃ、もっと話をせねば!」

勢いよく歩き出した才蔵であったが、湯底の苔に足もとをとられた。
「があ!」
足がはねあがる。
ざばん。派手な飛沫をたてて、才蔵は仰向けに背中から湯に沈んだ。

「ごぼっげふっ」
才蔵が湯を飲みこむ音がそれに続いた。

(才蔵、不思議な男だ。切れ者のくせに、なぜか邪気のない男だ)

累はくすりと笑った。

「ふふふふふふふ」
どこからか、お江の声も、風に乗り聞こえてきた。
桜の花びらが舞うとともに、その声も消えた。


7忍びの累

その7  樹里亜


五月の空が青い。少し歩いただけで、汗ばむ陽気となった。
累は港にきていた。武器商人の店に下働きに入り、その実情を偵察し、任務は終わった。

(船着場での荷運びの手伝いも、今日で終わりだ)

今回の任務は人との斬り合いもなく、気楽なものであった。港の人足として働く方が性にあってるのではないか?とも思ったほどであった。輝く太陽を仰ぎ、累は久しぶりに自分の顔がほころぶのを感じていた。

「人が落ちたぞ!」

その声に累は素早く反応した。
港の男たちが次々と飛び込むのを見て、自分も海に飛び込んだ。見事な泳ぎっぷり、あっという間に沈みかけていた者を腕をつかんだ。抱え泳ぎをしても、周りの男たちよりも速い。

陸にあがった累たちの元に、みなが駆け寄った。

金色の髪に、透きとおるように白い肌。
瞳を閉じて瀕死の状態でも、美しい女だった。

「このお方は、樹里亜さまだ」
「あぁ異人屋敷の娘……」
船着場の連中がひそひそと噂話をはじめる。

「ううっ」
樹里亜は、息をふきかえした。
供の者が近づいたが、しっかりと累の首筋にしがみついて離れなかった。

「あんたが連れていくしかないね」
累はやっかいなことになった。と思いつつ、樹里亜を抱えた。

かなり大きな異人の女性を抱えても累の腰はふらつくこともなかった。

その姿をみて、また野次馬たちは感嘆の声をあげた。

累は、通称「異人屋敷」の主人、すなわち、樹里亜の年老いた父親に見込まれ、気に入られてしまった。
累は、用心棒のように頼られてしまった。報告は手紙にしたためて終わりとし、もう三日も異人屋敷に滞在していた。

特に、樹里亜にも、すっかり慕われてしまった。

彼女は意外にも、流暢な日本語を話した。

貿易の仕事で、日本にきた主人は、当地が気に入り、供の下働きの者とともに住みついたらしい。樹里亜の母親も呼び寄せたいのが、異国の地で待っている。

しかし、再び、累に忍び仕事が入った。

明日にでも別れを告げようと思っていたその夜のことだった。

累は不審な物音を聞きつけた。
「盗人か?」
累は物音もたてずに自分の寝どころから起き上がり、奥の部屋へとかけだした。
やはり、盗人のようである。部屋の装飾品を物色している。

しかし、累は背の高いその男に見覚えがあった。山賊の頭、結衣と五郎の兄・藤里信吾だった。

信吾は、累に気づいて驚いたが、逃げる気配はなかった。

「また、会ったな」
「こそどろかい?」
「ああ、ここには金目のものがありそうだからな。お前も何か盗むのかい?」

累は苦笑した。

「いや、用心棒として雇われてる。賊なら捕らえねばならんな」

そう言われても、信吾は逃げなかった。

「それにしてもさすがだな。ここの主人の胡散臭さをかぎつけるとは」

「一体何のことだ?俺は、溺れている樹里亜を助けた。その縁でここにいるだけだ。明日にでもここを出ようと思っている」

「嘘だろ」

累には信吾の問いが全くわからなかった。

「ここの異人屋敷の主、貿易稼業は表向き。実は『何かを探し』に、遠いこの異国の地まで来たらしい。それが、どこかにあるかはわからない。だが、この国にあることだけは確からしい。すごい、お宝らしい。おいらとしては、そのお宝、ぜひとも、拝んでみたくてな」

信吾の瞳があやしく光った。

「きゃあー」
樹里亜の悲鳴が聞こえた。
二人はあわてて寝室に向かう。
数人の賊が樹里亜に襲いかかろうとしている。
累は、賊をひきはがした。
が、しかし、賊は発砲した。

「危ない!」
累は樹里亜を抱え、横っ飛びで、弾丸をよけた。

「やはり、ここには、お宝があるってことか」

信吾は、笑みさえ浮かべ、鉄砲を持った賊に体当たりしていった。

鉄砲がはじけとんで、累の元にころがる。
累は急いで拾い上げ、賊に銃口を向けた。

「くそっ、ひけ!」
累と信吾は賊を追いかけたが、闇に彼らは消えていった。

だが、累の目は、自分を見つめる、もう一人の忍び装束の者をとらえていた。木々の陰に隠れてはいたが、累にはそれが誰だがはっきりとわかった。ほどなく、その者も軽い身のこなしで闇夜に溶けた。

「なぜ、ここに?あいつが……」

「おおぉ、」
累のとまどいを引き裂くように、樹里亜の悲鳴が聞こえた。
累たちはふたたび部屋に戻った。

「聞かしてもらおうか?あんた、何を探しているんだ?」

主人が重傷を負っているにもかわらず、信吾が鋭い言葉をあびせる。

「く、黒い……いし……私は、それを手に入れようとしていた。樹里亜、お前は帰りなさい、母さんの所へ。ジュリア、ゴー、ホーム」

「黒い石?それが宝なんだな?」
「黒い…………黒……いち……」

「ち?石ではなく血?なのか?って何だ?おい!はっきりしろ!」

「やめろ!信吾!」

主人はその言葉を残し、息絶えた。樹里亜の嗚咽が部屋に響いた。

樹里亜は母親の元に帰国することとなった。
船着場まで、累は見送りにきた。

「樹里亜……」
累には言うべき言葉が見つからなかった。

累は異国の者がそうするように、そっと樹里亜を抱きしめた。

樹里亜は累に体をあずけたが、すっと離れた。

「お父様を殺した人を見つけて。そして、私の代わりに罰を与えて……お願い……」

「ああ、おいらたち二人、その依頼引き受けたぜ。おめえさんの仇はおいらたちに任せな」

累が口を開こうとするのを遮ったのは、信吾だった。

「お願いします」

潮風が彼女の金色の髪を巻き上げた。







プロフィール

ひらたま@でんぷん

Author:ひらたま@でんぷん
山口県在住 
女性(若くないです)
O型、蠍座
八丁堀の七人と、子連れ狼の大五郎が好き

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