6忍びの累

お江

「釜風呂もなかなかよきものであったが、ここもまた格別。月や星を眺めながら湯につかるのは、風情があってよいものだなぁ。なぁ、累」
「はい」
「それにくわえて、桜見物までできるとは、歌の一節、二節口をついてでそうだな!」

累も、頭上を見上げた。
見事満開な桜、空には満月。そよりと吹く風が花びらを散らし、野天の湯面にも浮かんでいる。忍びの仕事を一仕事終え、頼み人の男とともに、野天の湯に来た累は久々の休息を味わっていた。
累は、楽しげに話す男の聞き役になっていた。

この男、真田幸村を暗殺しようと目論んでいたが、幸村に惚れてしまい、暗殺どころか、幸村につくことを決めたようであった。猿飛佐助の悪口も時おり口にしていたが、すでに良き相棒になっている様子が感じられた。

「ほんに、お主は口数が少ないのぉ。佐助に殺され、死んだことになってるお主だが、ここでは死人のように口を閉ざすことはないぞ」

累は佐助に討たれて死んだ。

死んだことにすれば、動きやすい、男も累もそう思ったのだ。
伊賀の里にも死んだ便りが届いてるはずであった。

(帰りを待ってる……)

累の脳裏に楓の顔が浮かんだ。
しかし、累にはもう帰る里はない。
が、それが累の気持ちを軽くもしていた。

「あ、そうだった。忘れておった。酒!酒!おい、酒だ!爺、累を喋らすには酒だ」

「なにい?爺ですと?爺よばわりされるいわれはござりませんぞ。はい、はい、若、わかっております。もう酒は用意できておりまするぞ。しかし、何が風情なものですか、そんなに大声を張り上げて……」
男を若と呼ぶ年寄りの男が、世話をこまごまと焼いている。爺と言われて反発しつつも嬉しそうである。

「爺、さすがだな!累、お主も遠慮なく飲むが良い!」

湯面に浮かべた桶に酒。この上のない極楽だと累は思った。男も鼻歌を歌い、上機嫌である

「なあ、風情だなぁ。あとは、酌をしてくれるのが野郎ではなく、妙齢な美女であればのぉ」

「ええ、そうでございますな。このようなおいぼれで、あいすみませぬ。しかし、若の音痴な歌を聴いて、桜の木が震えているのではありませぬか?」

「なにぃわしの美声にケチをつけるのか!」

「ふふふふふ」
いつの間にはいってきたのか、知らぬ間に女が湯に浸かり、累たちを眺めて微笑んでいた。

「お、お、おんなが、いたぁ!」
「また、大声を出して、はしたない!」

爺がたしなめるが男は、女に興味津々のようである。

「この辺りの百姓女かの?なあ、どう思う?と、ここで、ごちゃごちゃ言っていてもしようがない。ここはひとつお近づきになるとしよう。累、抜け駆けだが許せよ」

そういって、男はそろりと女に近づく。
「ここの湯は良いのぉ……。この辺りの者か?」
「はい」
女はにこりと微笑んだ。女の褐色の肌が、月明かりに輝いている。
「一日の終わりにこうして湯につかるのは良いものであるな。ここは風情があるし。歌の一つでも詠んでと……え、月明かり……月明かり……いや、桜咲き……桜咲き……」

男は、なかなか歌をつくれずにしどろもどろの様子である。
「ああ、若、歌など作れないのに、無様なことじゃ。きっとまた振られる」

と、言いながらも、爺の顔は楽しげだ。
累も男を暖かく見つめていた。この男、同じ生業の忍びであるのに、なぜか影がない。明るさがいつも漂っている。安穏、安らぎ、そんな言葉が浮かんだ。

どおぅ
月に雲がかかり、生ぬるい風が吹いた。
累は、軽く目を閉じる。たった今、浮かんだ言葉が一瞬で消えたことを悟る。

さばっ
累は湯から立ち上がる。ひきしまった体の表面を、湯が玉のようにはじけ光りながら、流れ落ちる。

累は、桜の枝をばきりと折った。
「おいおい累、何をする?」
しかし、男も異変を察知した。
「む?」
だらしない目尻りが一瞬のうちにきりりと吊り上がる。

ひゅん
月明かりに光るものを見た。
累は咄嗟に桜の枝でそれを払った。

がしっ。
枝はそれをはじき飛ばし、先の木の幹にぐさりと突き刺さった。

(む?形状からして甲賀の手裏剣だな)

手折られて、舞い散る花びらをうけつつ、累の目は、険しくなった。

ざざっ……
四人の覆面装束の男たちが、蘭たちの前に現われた。
「風流のわからぬ無粋な奴らだな」
累が心の中で思ったことを、男が代わりに声にした。
「一緒に湯に浸かって酒を飲みにきたわけでもなさそうだな。累、女を頼む!」

女は、細いがしなやかで引き締まった腕を、累にあずけしがみついた。
累の手が女の胸に触れた。
「!」
累の手元を見て男は叫んだ。
「あ、どさくさに紛れて触るとは!ずるいぞ」
累に気をとられたと見て、賊は男に斬りかかった。

が、男は桶で、湯を掬い、賊にかけた。わざと隙を作ったのだ。
「ぎゃっ」
その湯は泉源の熱湯であった。目潰しをくらい、賊達はひるんだ。その賊の刀を男は奪った。

「この湯を血で汚すにはしのびない!」
かちり、刃の向きを切り替え、賊の肩をがつんと一撃、賊は倒れた。
「で、そちらさまは」
仁王立ちの男はもう一人の賊に向き直った。
かつん。
あわせた相手の刀は一撃ではじきとんだ。
男は賊の首根っこをつかみ、湯に沈めた。
ほどなく賊はおとなしくなる。


累は、女を自分の背でかばいながら、二人の賊を相手にしていた。
手にしている物は桜の枝だけだ。累は枝をもう、一折りし、賊に投げつける。

「うわっ」
見事に賊の目に命中する。
それを見届けないうちに、累は湯の中を走りはじめていた。
賊の刀をかわし、賊の背後に回り、残った枝で、後ろから羽交い絞めにする。

「甲賀者が何故襲う?と、聞いても答えんだろうな……」

累はぎりりと締め上げるが、賊はうめくだけで、答えは得られない……。

累は賊を痛めつけつつ、ふと、自分の視界の隅に映った女の姿を見た。
その女と目があった。
「!」
累は、賊を突き放し、相手の鳩尾を枝の先で突いた。
「ぐぅうう」
「く、ひ、退け!」
賊三人は去っていった。
「興ざめな奴らだ!」
男は、刀をがざりと捨てた。

「もう、せっかくの湯がだいなしでござる」
先ほどまで、身をちぢませていた爺は、湯舟でのびていた残りの一人に、こつん、と拳骨をくらわした。

累は女を見つめた。

「なぜ甲賀者が襲うのだ?そなたを?」

「なにぃ!あいつらは、我らではなくこの女を狙っただと?どういうことだ?」

「ふふふふふふ」

詰め寄る男にも、女は含み笑いで答えるだけだ。いつの間に着替えたものか、すでに着物を纏っている。

「お二人とも、その太刀さばき、さすがでござりまいた。図らずもこの目でしかと見ることができまいた。そして、賊の狙いが私だとよくお気づきなされまいたな」
女ははぐらかすように、また、にこりと微笑んだ。

「伊賀の霧隠才蔵さま、孫八さま、そして……死人の……累……」

累たちを見つめる目が怪しく光った。

「なにぃ、なぜ、拙者たちの名前を知っているのだ?」

「ふふふふふ、またじきに、お会いすることとなりましょう。ふふふふふ」
含み笑いを残し、女の姿は消えた。

「忍びなのか?あの女?ただの百姓女と思うたが」
「才蔵殿、あの女、体が震えていなかった。心の臓も動悸が早いわけでもなく、落ち着いていた」
「なにぃ」

累は、思うままを才蔵に告げた。

「ふつうの女であれば、悲鳴を上げて逃げ惑うはず。忍びだとしても、戦うはずのところをあの女は、賊や私たちの動きを冷静に見つめていた。その肝の据わり方といい、私たちの名を知っていたことといい……おそらく真田の草の者、女忍びの中で一番の遣い手……おそらく、噂に聞く、お江かと」

累は、女~お江~がしがみついてきた時、気づいたのだ。
たくましく、しなやかな四肢は、畑仕事で鍛えられたものではなく、忍びとして、野山を駆けめぐり、数々の戦いの中で培われ研ぎ澄まされていたものであろうと。
あの瞳、一つも怯えがなく冷静なあの瞳もまた、いくつもの、人の死にざまを見てきた目だということを。

「なにぃ累、お主それを早く言わぬのだ!わしは、後を追うぞ!幸村直属の配下、草の者お江だと!なにぃ、もっと話をせねば!」

勢いよく歩き出した才蔵であったが、湯底の苔に足もとをとられた。
「があ!」
足がはねあがる。
ざばん。派手な飛沫をたてて、才蔵は仰向けに背中から湯に沈んだ。

「ごぼっげふっ」
才蔵が湯を飲みこむ音がそれに続いた。

(才蔵、不思議な男だ。切れ者のくせに、なぜか邪気のない男だ)

累はくすりと笑った。

「ふふふふふふふ」
どこからか、お江の声も、風に乗り聞こえてきた。
桜の花びらが舞うとともに、その声も消えた。


プロフィール

ひらたま@でんぷん

Author:ひらたま@でんぷん
山口県在住 
女性(若くないです)
O型、蠍座
八丁堀の七人と、子連れ狼の大五郎が好き

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