2忍びの累

その2 結衣

才蔵に会うため、累は山道を急いでいた。

(むっ)

木の上に気配を感じ、累は足を止めた。
山賊が三人、木の上から次々飛び降りてきた。

「金目の物を置いていきな」

この間は、行商姿であったが、今日の累は、編み笠をかぶった武士の姿に変装していた。

「金などない」
一言だけ言って、足早に通り抜けようとした。しかし、相手は、累の行く手を阻んだ。
「金などない。相手にしている暇もない!」

「何だと?この野郎、これが目に入らないのか?」

怯む様子など全くない累の態度に一人が腹をたて、持っている斧を振り上げて向かってきた。
しかし、累はこともなげに身をかわした。 

「ぐぬう!」
振りおろされた斧は、勢い余って、後ろの木にぐさりと突き刺さった。

後の二人も、累の頭めがけて振り下ろそうとする。
累は、それぞれの手首をつかんだ。
「うぅぅ」「ぐうぅ」
二つの斧は累の頭上で、止まったままだ。
累は二人の手首を下に捻った。
二人はくるりと体を回されて、地面に叩きつけられた。

木に突き刺さった斧を抜くことをあきらめた先の男が累に突進してきた。
累は今度はまるで馬跳びでもするようにひらりと飛んで身をかわした。男は、勢いあまって、地面に無様に転がった。

累は、ほどけそうになった笠の紐を結び直し、袴の裾を払い、歩き出そうとした。

が、またしても、男が現れた。

「気にいらねえなぁ」
「お頭、こいつ強いですぜ!」

手下たちは、その背の高い男にすがりついた。
「てめぇらもだらしがねえこったぁ」

お頭は、手下の頭を叩いた。

「持ってるくせに、刀抜かねぇってのが、おいらは、気にいらねえな。その身軽さ、おめえ、侍じゃねぇな……」

累は手下たちに編み笠を投げつけ、駆け出そうとしたが、山賊たちは累の回りをぐるりと囲み、逃げ道をふさいだ。

ざっ。

累は、木の上に向かって、飛び上がった。

「なにい」
山賊たちはあっけにとられた。

累は、木の枝を両手でつかんだ。
そして、まるで猿のように木から木へと移っていく。

「くそっ、生意気な奴め!」

手下が累に向かって斧を投つけた。

斧は累の体をかすめて、枝に突き刺さった。

(むっ)

累は急いで次の枝へと渡ろうとしたが、間に合わなかった。その枝は累の体重を支えきれずに、ぼきっと鈍い音をたてて折れた。

累は、崖から転げ落ちていった。

「ここから落ちたんじゃ助かるめぃ。捨て置くがいいさ。みなの者、行くぜい」

その一部始終を少年と少女が見ていた。


累が目を覚ましたのは、小屋の中だった。
「お侍さん、気がついた?おぶってここに連れてきました。結衣と言います。この子は五郎」
結衣と名乗る少女は、息もつかずにそれだけしゃべった。

五郎は水を持ってきた。
「はい、おじちゃん」

微笑む笑顔は、なんともいえずかわいい。結衣も顔や衣服が汚れていたが、そこはかとなく気品がある。

「ありがとう」
累は礼を言って水を飲んだ。

「お侍さん、すごいね。刀抜かなくても、兄者たちを負かしちゃうんだもん」

「あ、あのね人殺しはしないんだよ。ただ、脅してお金を取るだけ。今はこんなだけど……昔は兄上だって……」

この二人は山賊の仲間だった。

累は、結衣の言葉を遮り、立ち上がろうとした。
「無理だよ。そんなひどい怪我なのに」
結衣があわてて止める。

「そうだ、待ちな。ゆっくり体を治してからにしな。さっきは悪かったな。源三は、気が荒くてなぁ。金もほんとに持ってなかったんだな。ああ、悪いが懐ん中改めさせてもらった。商売だからな」

いつのまにか、山賊のお頭が帰ってきていた。

「兄上、もうやめよう、こんなこと」結衣は言う。

「兄上なんぞと呼ぶな。お頭って呼べ。結衣!」

男は、全然、悪びれずに酒を飲みだした
結衣は、あきらめたように横を向いた。
「薬草取りに行ってくる」
五郎は、お頭の顔色を伺いながらも、結局は、結衣の後を追った。

「少しの間だが世話になる。すまぬ」

「ははは、礼なら結衣たちに言ってくれ。おめえの怪我は元はといえばおいらたちのせいだし。謝ることなんざ……ねぇぜ……」
お頭はまた酒をあおった。


数日後、結衣の看病のおかげか、累の怪我は、急速に回復した。

ある日、累は懐から小刀を取りだした。

「何をするの!」
結衣は咄嗟に腕をのばして五郎をかばい、五郎も短い腕で姉の結衣をかばおうとした。

累はそんな二人を見て微笑した。
「そこの竹を取ってくれないか?」

累は、薪用に置いていた竹を削りだした。わずかな時間で累は竹とんぼを作った。
「はぁ~」
五郎のため息ともなんともいえない嬉しそうな声と、きらきらした目を見て、累は再び微笑んだ。

「ほら、持っていきな」
「ありがと」
「良かったね、五郎!」
五郎と結衣は、小屋の外に駆け出していった。

「だいぶ良くなったようだな。おいらも、おめえのように、ひどい怪我を負った時があったが、おいらは長い間と寝ていたぜい。おめえも、夜も酷くうなされてるようだが……」

お頭は累をじっと見つめた。
「うなされるのは、やはり、傷が痛むのだろうな……」

累も男を見つめ返した。

「お前、名前は?」
と、男は聞いたが、累は押し黙った。

「ふ、お前も名前を忘れたか?それとも言いたくないのか……」

累が口を開こうとするのを男は遮った。
「言いたくないなら、別に聞かない。おいらも、昔の名前は忘れてしまった、いや、すべて捨ててしまったのさ。結衣、五郎。母親は違うが、父親はみな一緒。おいらの兄弟だ。そして、今では、おいらは、山賊の頭領。ははははは。」

「……なぜ、武士を捨てたんだ」

「めんどくせぇからだよ。……って、累よ、おめえさん、なぜ、俺が侍だなんて言うんだ?」

「『侍ではない』と見抜けるのは、あんたが侍だからだ。それと、結衣が、『兄上』と呼んだ。山賊ごときに、兄上と呼ぶのはありえんと思うがな」

「ははっ、こいつはいい。飲めよ!」
男は大笑いした。

「兄上!怪我をしている人に酒を薦めるだなんてよして。冗談はやめてください!」

結衣が戻って来て、兄から酒をとりあげた。

「それに、あなたも!怪我人は寝てください」
「寝てくださぁい」
「昼間は全然痛くないようですけど、夜中、すっごく苦しんでるんですよ。五郎が怖がるくらい、大きな声で叫んでたし」

「そうか……すまない……」
累は二人に謝った。

結衣の手厳しい声と、まねをする五郎。累は二人に押さえつけられるようにして横になった。

「それにしても、おめえ、一体何者だい?おめえさん、粥しか食ってないのに、本当に傷の治りが早すぎる……。傷は治ってるようだが、夜中に痛むってどういうことだい?」

男はますます鋭い視線を、累に向けた。
「おいらの名は藤里信吾だ。ふ・じ・さ・とだ……」

数日がたち、累は小屋を出ることにした。別れを告げると、結衣は寂し気にうつむいた。

旅立ちの朝、小屋には結衣の姿はなかった。

結衣は、山道で累を待っていた。

「私も連れてってください」
結衣は、累にすがった。

累は首を振った。
「連れてはいけない。五郎や兄上たちが寂しがる。……結衣、粥、美味しかった。世話になった」
累は、結衣に頭を下げた。

去って行く累を、結衣は唇を噛みしめて見送るしかなかった。

「さようなら」
結衣の背後で五郎が叫んだ。
「さよなら」
結衣も小さく呟いた。


プロフィール

ひらたま@でんぷん

Author:ひらたま@でんぷん
山口県在住 
女性(若くないです)
O型、蠍座
八丁堀の七人と、子連れ狼の大五郎が好き

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