1忍びの累(忍びの蘭改題)

忍びの累
その1 楓

「伊賀者、才蔵に何を頼まれた。白状しろ」
甲賀忍びに三人に捕らえられた伊賀者は、舌を噛み切ってのけぞった。
甲賀忍びは、憤怒の形相で、伊賀者の体を地面に叩きつけた。
「才蔵の行方を探る。行け、烏」
「は」
烏は、すぐさま駆け出した。
佐助は、伊賀者の吹矢がささった雉の具合を案じた。
「雉の傷はどうだ?」
百舌は首をふる。
「毒がまわったようです」
「ちっ」
佐助は、舌うちをして、爪を噛んだ。
「くそっ、百舌、お前は俺と一緒に来い。行くぞ!」
甲賀忍びは、自害した伊賀者を捨て置いて、いずこへか去っていった。


半時がたち、倒れていた伊賀者の体が、ごろりと動いた。

伊賀者は、口の中の血糊を吐き出した。

(とどめを刺さないとは、甲賀の猿飛佐助も、たいしたことはないな)

伊賀者は、そう思いながら、半身を起こした。
彼にとって脈を一時止めることなど簡単なことであった。

北風が枯れ葉を伊賀者に吹きつける。

(冷えてきたな……)

懐から白布を取り出し、足の傷に巻いた。佐助からうけた手裏剣には幸いにして毒は塗っていないようだった。
たとえ、毒が塗っていたとしても、毒消しの薬は、忍びの任につくときにはあらかじめ飲んでいる。少々の毒なら、半日もあれば解毒される。

累は立ち上がろうとして腰を浮かせた。その時、懐の中で、かちり、と音がした。

(割れたな……)

割れたのは櫛であった。

伊賀者、その名を「累」という。


累は、伊賀の里で別れた女に想いをはせた。

「累……、……帰りを待ってる」

伊賀の里を出る時、その女、「楓」はそう言った。

忍びに人並みの幸せなどあろうはずもない。そのことは、同じ伊賀者として忍びの修行をしてきた楓も分かっているはずだった。使い捨ての駒のような人生に、伴侶などという普通の暮らしは、元来二人の頭にはなかったはずだった。

しかし、二人は情を交わした。

累は、楓の顔を見ず答えた。

「忘れろ」

楓は、一瞬顔を歪めたが、すぐに微笑み返した。

「これを私だと思って持っていって」
楓は櫛を差し出した。

「いらぬ」
累は首を振った。

しかし、楓は無理やり持たそうとした。累は、思わず、はねつけた。

櫛は、土間に落ちて二つに割れた。

「あっ」

楓から一筋の涙が落ちた。
累は、何も言わずに、楓に背を向けた。
同じように、自分の気持ちにも背を向けた。


伊賀の里を出てから一年、累は、小店で同じような柄の櫛を見かけた。

買う気などさらさらなかった。
が、最後に見た楓の顔をが思い出されて足を止めてしまった。

「どれにいたしましょう」
店の主人に声をかけられた。

気がついたら累は櫛を手にしていた。
なまじ、忍び働きの金があったためだ。

その後、累の懐の中にはいつも櫛があった。

任についている最中、懐を握り締めていて、はっとしたこともあった。
働きを終えた日の終わりに、焚き火にあたりながら、櫛を眺める時もあった。

(里に帰ることがあったらこの櫛渡すつもりなのか?あの割れてしまった櫛の代わりに楓に渡そうとしているのか?)

「女々しい奴だ。私は」

累は小さく呟やいた。
何度となく、焚き火の中に櫛を放り投げようとした。
山に捨てることなど簡単なことであったのに、しかし、結局、捨てられなかった。

櫛はいつも懐の中に戻された。


累は、二つに割れた櫛を見て、はたと、気づいた。

「忘れろ」

その言葉は、楓ではなく、自分へと向けられるべき言葉だとようやく気づいた。

累は、立ち上がり、駆け出した。

北風が枯れ草を揺らす。

その中に二つに割れた楓柄の櫛。
鉛色の寒空の下、その赤い柄は小さな花にも見えた。


プロフィール

ひらたま@でんぷん

Author:ひらたま@でんぷん
山口県在住 
女性(若くないです)
O型、蠍座
八丁堀の七人と、子連れ狼の大五郎が好き

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