2凧、凧、あがれ!

その二~飛甚左~

大五郎が行く街道の向こうの先で砂煙があがり、人々がざわめいた。
「お七里(しちり)が来るぞ~。お七里の飛甚左(とびじんざ)が来るぞ~」
「なに、なに、あの飛甚左か?」
「やつは、子供の死に目にも、会うことなく走っていた噂だが、本当か?」
「ああ、女房が泣きついても、刃物突きつけても、絶対に足を止めなかったっていうやつだ」
「ひえ~!くわばら、くわばら!」

みなこぞって、お七里・飛甚左に道をあけている。人々がよけたその道の真ん中を、飛甚左が葵の御紋の入った文書入れを担いで走っていた。

地面に目を落としていた大五郎は、気づくのが遅れた。あわてて、道からそれようとしたが、時おそく、飛甚左とぶつかり転んでしまった。

「ああ」「なんてこった」
人々の口から悲鳴がもれた。
お七里とは、藩主自らが受発する文書を、七里ごとに持送りする人夫のことである。特別な通信を運ぶことゆえ、特権をあたえられていた。お七里の通行を妨げたその子が、切捨御免にされるかもしれないと思案したのである。

飛甚左はその子を睨みつけ、人々は事の成り行きをかたずを呑んで見守った。
「あの飛甚左が足を止めた!」
「やばいぜ、斬るつもりなんじゃないか?」
「いやだ、やめておくれよぉ……」


怒りの形相の飛甚左の耳元で、かすかに声がした。

(……頼む……)

飛甚左はあたりを見回したが、その声を発した主らしき者は見当たらない。 自分の聞き違いだな。と、大五郎を無視し、走りだそうとした飛甚左であった。
が、また耳元で声がした。

(……その子を頼む……)

「くそっ、誰だ。うるさい。」
飛甚左は、小さな声で毒づいた。

「俺は走るのが仕事だ」
甚左は、左肩に文入れをかついだ上に、大五郎をもおぶって、街道を走り出した。

大五郎は、甚左に担がれたままなすすべもなかった。
走り続ける飛甚左の目に番屋が入った。飛甚左は、大五郎を放り投げるように、その前で、大五郎を肩からおろした。
「じゃあな」
飛甚左はそのまま、走り去った。


飛甚左が、今、自分がおぶってきたその子が、「拝の子・大五郎」であったことに気がつくのは、ずっと先のことである。
そのことをすぐに、思い出しさえすれば、冥府魔道の修羅の道を生き抜いてきた大五郎を、番屋の前に置き去りにすることはなかったであろう。
プロフィール

ひらたま@でんぷん

Author:ひらたま@でんぷん
山口県在住 
女性(若くないです)
O型、蠍座
八丁堀の七人と、子連れ狼の大五郎が好き

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