8凧、凧、あがれ!

その八~おやい~


弥生の心配どおり、大五郎の熱は次の日が来ても下がるどころかますます上がった。 早朝、源太、作太郎も心配して見舞いに来たが、見守るだけで、どうすることもできない。二人は商いのために、大五郎を気にかけながらも帰っていった。

「熱が上がりきったら、あとは下がるだけなんだけど……。だけど、それまで、この子の体力が持つかどうかか鍵だわ。がんばって大五郎ちゃん」
弥生の思いが通じたのか、昼すぎて大五郎は汗をかきだした。
弥生は、こまめに大五郎の汗をふき、白湯を飲ませてやっていた。
もうすぐ峠を越えられるはず。と、弥生は思った。

「弥生先生!」
と、一人の男が飛び込んできた。
「かかぁが産気づいて。もうすぐ生まれそうだ。先生、来ておくんなさい」
「わかったわ。今すぐ用意します」
しかし、弥生は、大五郎を残していくのがためらわれた。
「ああ、八兵衛さんもいないし、どうしよう。困ったわ」


「弥生さん! 」「弥生先生! 」
なつかしい声がした。
「お、おやいちゃん! まぁ、市之丞さんまで」

おやいは、八兵衛の家に同居していた娘である。生き別れとなっていた父親が見つかり、この家を去っていったのが数年前のことである。

市之丞は、北町奉行所与力・青山久蔵の一人息子。だが、医学に興味を持ち、弥生の元で学び、数年前に長崎に留学したのであった。江戸を離れていた二人との再会であった。

「まったくの偶然なんですが、そこで会ったんです」
市之丞の挨拶をさえぎり、弥生は声をはりあげた。
「いろいろ話したいんだけど、ごめんなさい。さっそくだけど、二人にお願いできないかしら。頼んでいいかしら」
弥生は、大五郎の世話を二人に頼み、安心して出かけることとなった。

二人は汗をかいた大五郎の着物を着替えさせたり、白湯をこまめに飲ませたりした。二人の看病のおかげで、大五郎の熱は下がりはじめ、寝息もおだやかなものとなっていた。

「ひとまず、安心だな。ああ、おやいさんに話したいことたくさんあったのに、何にも話せなかったな。私は、もうあさってにはまた長崎へと戻らねばならないのですでしょう」
「ええ、そんなに早く?…今日は一緒にいることができて、なつかしかったです……。ああ、それより、そんな短い間しかいられないのなら、大変! 父上さま、青山さまがお待ちですよ。早くご実家にお戻りくださいませ。後は、私に任せてください」
おやいは、あわてて市之丞をせきたてた。おやいのその手を市之丞は、握り締めた。
「市之丞さま……」
二人の視線が絡み合ったが、市之丞から視線をはずした。
「おやいさん、では」
市之丞はおやいの視線をふりきるように、実家へと戻っていった。


夜になり八兵衛が勤めから帰宅した。いるのが弥生ではなくおやいであることに気づき、驚く八兵衛である。
「弥生先生は?」
「お産で出かけられました。でも、まだ戻ってきてません。おぁっつぁん、晩のごはん、一緒に食べましょ。それとも、弥生さんが戻られるのを待ちましょうか? でも、おなかすいちゃったし、たべちゃおうか、おとっつぁん」
八兵衛には、おやいの笑顔がまぶしく思えた。

「おとっつぁんか……。まだ、そう呼んでくれるのかい? お前にゃ、もう本当の父親がいるっていうのに」
「人には、おっかさんと、おとっつぁんがひとりずつ。私には、おとっつぁんが二人いるの。それは……、とってもしあわせなことだわ。人より、二倍もしあわせってことだもん。あ、でも、おとっつぁんってもう呼んではいけないの? ねぇ、おとっつぁん。あ! やだ、私ったら、また……」
「おやい…」
八兵衛は言葉に詰まった。
「そんなこと……、そんなことあるわけねえじゃねえか……」
「おとっつあん」
八兵衛とおやいの目に再会のうれしさの涙が浮かんだ。
プロフィール

ひらたま@でんぷん

Author:ひらたま@でんぷん
山口県在住 
女性(若くないです)
O型、蠍座
八丁堀の七人と、子連れ狼の大五郎が好き

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