11凧、凧、あがれ!

その十一~久蔵~

同心たちが探しても、見つからないはずである。大五郎はその格好を見ると、すぐさま物陰に身を潜めていたからである。大五郎はかくれんぼをするように江戸の町を逃げ回り、武家の屋敷の前に来た。人声がして、また大五郎は逃げようとしたが、聞き覚えある声に立ち止まった。自分を看病してくれた市之丞が出てくるのに気づいたからである。

「父上、稽古をつけてくださり、ありがとうございました」
「おう、医学を志すもの、人の体を診るためにゃ、まず、自分の体を鍛えておかねばな」
「医術の勉学会があるので、それに行って参ります。もう一晩やっかいになって明日には長崎に帰ります」
「おう、じゃあな」
父親らしきその人物は、実にあっさりと息子に背を向けた。
大五郎もただ、市之丞を見送るしかなかった。
市之丞の父親、北町奉行所与力・青山久蔵は、剣術の稽古着のまま、また、素振りをはじめた。

「ちゃん……」
刀を振り下ろす男の、その姿と父が重なった。小さな声で大五郎はつぶやいた。大五郎はしばらくの間、青山久蔵を眺めていた。

「おい、そこの坊主! 」
大五郎はびくりとした。
「なんで隠れてるんだぃ? 迷子かい? 」
大五郎は首をふりながら、おずおずと久蔵の前に顔を見せた。
「それにしても、ずいぶん長い間、おいらの素振りを眺めていたじゃねえか。やってみてぇのかぃ? 」
大五郎は、何も言えず立ちすくすだけだった。
「まぁ、やってみな、あ、そうだな、ちょいと待ってろ」

久蔵は屋敷の奥に行き、短い竹刀を持ってきた。
「昔、市之丞が使ってたやつだ」
大五郎は、久蔵からその竹刀をうけとり、二人は構えた。
「さあ、まいれ」
大五郎は力弱く打ち込んだが軽くあしらわれた。
久蔵は笑顔で言う。
「もっと、力強くやってみな」
大五郎は走りこんで腕を振り下ろす。
「おう、なかなかいいじゃねえか」
「大五郎は何度も向かっていき、その息があがってきた。

大五郎を鼓舞し笑顔だった久蔵から、その表情が消えた。ひきしまった顔になった。と、それまでの久蔵の中段の構えも変わった。腰を低く落とし、竹刀を後ろにひいた。

大五郎の顔つきも変わった。思わず大きな声が出た。
「ちゃん! 」
その構えは、父、拝一刀の構えであった。水鸚流の構えであった。

「まいれ! 」
荒げた声ではないが、低く大きいその声に、大五郎は久蔵にまた向かっていった。
軽くあしらわれていた刀が今度は容赦なかった。素早くはじかれた。
その勢いに大五郎は転んでしまった。大五郎の顔つきも真剣みを増した。立ち上がって、また構えてむかっていく。が、またしても、勢いあまって、転んでしまう。しかし、久蔵は手を差し伸べることなく、構えた。
「まだまだ、もう1本」
大五郎は、声を出しながら向かっていった。
「ちゃーーん」

大五郎の頬を涙が一筋流れた。自分がなぜ泣いているのか、大五郎にはわからなかった。生きるために、涙は必要のないことは、父が生きている頃から心に刻みつけられているはずであった。涙は父を埋めた時に捨てたはずだった。あの時に、泣いて泣いて泣きつくしたはずだった。しかし、今、まさに、大五郎の感情は爆発の極みにあった。


「ちゃーーーーーーーーーん」


大五郎は、もう久蔵には立ち向かえなかった。竹刀を持つ手をだらりと下げ、空に向かって泣くさまは咆哮にも近かった。

久蔵は大五郎を泣くがままにしておいた。ただ黙って見守った。大五郎の泣き声が小さくなったのを見計らい、久蔵は膝をおり、大五郎に顔を近づけた。

「そなたは、拝一刀が一子、拝大五郎だな」
大五郎は、自分の手で涙をふき、こくりとうなづいた。
プロフィール

ひらたま@でんぷん

Author:ひらたま@でんぷん
山口県在住 
女性(若くないです)
O型、蠍座
八丁堀の七人と、子連れ狼の大五郎が好き

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