八丁堀の七人「少年と盗賊」その一

小説 八丁堀の七人 「少年と盗賊」

その一

一郎太は走っていた。古川一郎太。北町奉行所同心である。
一郎太の目の前には、少年が走っていた。年の頃は十前後のようだ。

「待て!」
「待て、と言われて、待つばかはいないよ」
少年は角先を曲がると、そこで待っていたこれまた年端もいかぬ少年に何かを素早く手渡した。
渡された少年は、それを素早く隠した。そして、なに食わぬ顔で、一郎太を横目に見て通りすぎていった。

一郎太はそれには気づかず、前を行く少年だけを追っていた。
「くっ!あいつ、足、速えな!待て!」
一郎太は、ますます遠ざかって行く少年に焦りを感じて、また叫んだ。

町外れで、ようやく一郎太は追いついた。
息が切れている一郎太に対して、少年は涼しい顔で、
「待て待て言うから、待ってやったよ」
と、うそぶいた。

「懐のものを出してみろ!」
しかし、少年は、にやりと笑うだけだった。

「団子の金、払っていなかっただろ。私は店の主人に頼まれて、張り込みしていた。私は見てたんだ。金は払っていなかったよな。金を払うのを忘れていたなら今から払いに行こう。払えないなら、団子を返すんだ」

「何にもないよ」
少年は着物の前をはだけてみせ、
「団子って、いったい何のこと?」
と、とぼけてみせた。

「団子は捨てたのか?いや、そんな様子はなかったな」
一郎太は小さくつぶやいたが、はたと気づいて、
「そうか、お前、食ったんだな。走りながら、食ったんだ!」
と、大声を出した。
得意気に言う一郎太に、少年は思わず吹き出した。

2015年1月15日より掲載開始

その二 少年と盗賊 

八丁堀の七人 少年と盗賊

その二

「ははは。食ってないって。おいらは何にもしてない。あんたが追っかけて来たから逃げただけさ」
挑発するような口調である。しかし、一郎太は笑顔をみせた。
「さあ、謝りに行くぞ。許してもらえるかどうかは、お前の態度次第だがな」

「捕まえないんだ。そうだよね。盗んだ証ないからね」
面食らいながらも、少年は言葉を返した。

「私は見た。それが、証だ。それとも、番屋に行く方がいいのか。じゃあ、番屋に行こうか」

一郎太は、少年の手首をぐいと掴んだ。
しかし、笑顔は相変わらずで、凛としており、少年は、一瞬たじろいだ。
が、その手を振り払って少年は、駆け出した。
 
一郎太は追いかけたが、勢い余って、女の子にぶつかってしまった。

「ごめんよ」





「甘ぇな」

女の子を見送って、自分の着物の裾をはたいて立ち上がろうとした一郎太の頭上から低い声が響いた。

北町奉行所与力、青山久蔵である。
いつものごとく、徳利を肩にぶら下げ、着流しの装いで現れた。

「青山様、すみません」
「ガキ相手に何を遊んでんだ。とっとと番屋に連れて行きゃいいもんを。ちんたらしているから、逃げられんだよ」
「しかし、まだ子どもです。あいつには、改心する機会があると思うんです。親身になって、まずは悪いことは、悪いことだ。と、教えてやらねばならないと思うんです」
青山の鋭い眼光にも負けず、一郎太は言い切った。
「甘えな。おめえも。誰かさんと一緒で、この北町には甘えもんばかりだ」
しかし、青山は、それ以上は何も言わずに立ち去った。



小説 八丁堀の七人

その三 少年と盗賊 

八丁堀の七人 少年と盗賊

その三

八兵衛は、屋敷の片隅で、くしゅん、と、小さなくしゃみを漏らした。
仏田八兵衛、北町奉行所同心である。

「あら八兵衛さん、風邪引いた?」
弥生が、目ざとくかけよってきた。
水原弥生、お産に骨接ぎと、何でもこなす女医である。

この二人、夫婦ではない。
由縁あって同居しているが、その元々の理由すら忘れるくらいもう長く一緒に暮らしていた。
六年か七年は経つだろうか。
お互い憎からず思ってはいるものの、お互いの気持ちを言葉にしたことはなかった。
これからも一緒になることはなく、ずっと同居人として暮らしていく。
そんな漠然とした雰囲気が二人の間に流れていた。

「いや、なんか甘いもんが、急に食べたくなってさ。あんこ餅とかないかな?きな粉餅でもいいんだけどな」
「そんなものはありません」
「昨日、弥生さん、夜遅くに食べてたじゃない?もう残ってないの?」
「残っていようがいまいが、あれは私のお餅です。私が稼いでそれで買ったお餅なんですもの。八兵衛さんにあげるお餅はありません」

実は、弥生は八兵衛と一緒に食べようと思って八兵衛の帰宅を待ちに待っていたのだ。
しかし、深夜酔いつぶれて帰ってきて、餅なんかは見向きもしなかった八兵衛に対して弥生は、むくれているのだった。

「何よ、餅のことだけは覚えてたのね」
弥生は八兵衛に聞かれないように毒づいた。

「えー、ケチ」
そんな弥生の気持ちは露しらず、八兵衛は、つい、口を滑らせた。
「なんですって、私のどこがケチなのよ!」

待ってたの。一緒に食べようと思って待ってたのよ。
とは言えない弥生である。

「わー、ぶたないで、ぶたないで」

弥生の攻撃から逃れるため、八兵衛は屋敷から逃げ出すのだった。

小説 八丁堀の七人

その四 少年と盗賊 

八丁堀の七人 少年と盗賊

その四

一郎太は、団子屋に戻り、盗まれた団子代金を払っていた。
老婆の店主は毒づいた。
「旦那、逃げられたんだ。だらしがないねえ」
「すまぬ」
「旦那、謝るよりも、つかまえておくれよ。あれは、ろくなもんにはなりゃしないよ。まあ、旦那が金払ってくれたからいいけど、でもねえ」
「改心させるので、どうか許してやってくれ」
老店主の言葉をさえぎり、一郎太は、黙って頭を下げるだけだった。


少年、亀吉は、団子を弟、鶴吉から受け取った。
二人は兄弟であった。
亀吉は、走りながら、一郎太から見えないところで、団子を鶴吉に渡していたのだった。

亀吉はすぐに食べ終わってしまったが、鶴吉は団子を落としてしまった。
団子はころころと、転がり、団子は泥だらけになってしまった。
「あーん」
鶴吉は激しく泣いた。兄はなすすべもなかった。

その団子を拾ったのは、芥子頭の男の子だった。その子は、その先で泣いてる子をみると、すぐに駆け出した。

青山大五郎。
大五郎は、拝一刀の一子だが、縁あって青山の養子になっていた。

大五郎の手元にも、団子があった。
青山の本当の息子、市之丞に買ってもらったものだった。
「おーい、大五郎!」
市之丞の呼ぶ声も聞こえないようにすっ飛んでいった。

大五郎は、泥だらけの団子を鶴吉に差し出したが、鶴吉は、首を振ってますます泣くばかりであった。

「はい!」
大五郎は、代わりに自分の団子を差し出した。
「いいの?」
鶴吉は、兄が止める間もなくかぶりついた。

「美味しい!」
亀吉は、戸惑いながらも頭を下げた。
「あ、ありがとう。ごめんな、お前のもらって」

言いよどむ兄に、大五郎は、にこりと笑った。
そして、泥だらけの団子を、自分の着物で器用に払い、口に入れたのだった。

「え?!」
驚いた二人に、大五郎はまた笑顔を見せた。

「大五郎!何してんだ?」
市之丞の呼び声に今度は、はじかれたように戻っていった。市之丞と手をつなぎながら、大五郎は、二人を振り返って手を振り、去って行った。

「あの子たちも兄弟なのかな?」
鶴吉も、亀吉の手を握った。その言葉に、兄は「さあ」と、答えるしかなかった。

亀吉は、大五郎を見送りながら、つぶやいた。

「今日は、本当に変な奴と出会うな」

小説 八丁堀の七人

その五 少年と盗賊

八丁堀の七人 少年と盗賊

その五

月変わりとなり、北町奉行所の月番となっていた。
北町奉行所の一室では、六人の同心たちは、与力、青山久蔵の前でうなだれていた。

錠前破りの盗賊が、江戸の町を暗躍していたからだ。そして、昨夜も蔵が荒らされた。
もちろん、同心たちも、見廻りはしていた。しかし、取り逃がしてしまったのだ。

原因は、一通のたれ込み文書だった。
その蔵の前で待ち構えていたが、見事に空振りし、別の場所で蔵は破られた。
屈辱と恥辱に皆はうちひしがれていた。

青山の機嫌はすこぶる悪く、部屋には、青山が扇子を膝ではたく音だけが響いていた。

「あ、青山様」
沈黙に耐え兼ねたように、磯貝総十郎がおずおずと口を開き、「申し訳ありませんでした!」と、頭を下げた。
一同も揃って黙って頭を下げた。

青山は、口を開かなかった。

「申し訳ございませんでした!」
今度は、皆声をあわせて、青山の前でひれ伏した。

扇子を叩く音が止まった。
「誰に謝ってんだ」
その低い声は、地獄の底から響いてくるようだった。

「あ、青山様に」
吉岡源吾が縮みあがりながら、上ずり答えた。
「馬鹿野郎!」
青山は一喝した。
「おいらじゃねえだろ!謝るのは!蔵を破られ、大ぇ事な金奪われた町の者んに対してだろう」

「は、はい!」

「今日はこれまでだ。どんな小さなことでもいい、明日からも、手がかりを探して探して探し抜け!」

「はい!」

青山が部屋を後にすると、皆は一斉にため息をついた。

プロフィール

ひらたま@でんぷん

Author:ひらたま@でんぷん
山口県在住 
女性(若くないです)
O型、蠍座
八丁堀の七人と、子連れ狼の大五郎が好き

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